2012年12月02日

私のエッセイ

   

   エッセイ.jpg


以前、「はじまり」という記事にも書いたのですが、
今年の4月5日に、お世話になっていた上司が亡くなりました。
私はその前日、といってもほんの数時間前なのですが、
最後に会うことができました。



ああ、もう会えるのは最後になってしまうかもしれない。
そんなこと考えもしたくなかったけれど、
その直感は容赦なく私の胸を突き刺しました。



頭は真っ白になり、足はすくみ、いかなる感情も私の心から
霧消しました。悲しいとかショックとか、そういう日常の言葉では
あらわすことのできない何かが、私を脳天から貫いたのです。
あの感覚は、いまもう正確には思い出せません。



しかし、そんな状態で私はひとつのことを強く思いました。
「書かなければならない」と。この人のことを書き残さなければ
ならない、と。何よりも強く、ほとんど考える力を失った頭に、
たったひとつの使命感がほのめいて、私を突き動かしました。



気がついたら私は本屋に走り、公募ガイドを購入し、探しました。
そう、どこに書くか、を。そして、書きたいことが表現できそうな
募集要項を見つけ、すぐさま頭の中で文章を組み立て始めたのです。



なぜ書こうと思ったか。
それは、何かに応募して賞を取れば、どこかに載るだろうと思ったから。
そうすれば自己満足ではなく、多くの人に読んでもらえるから。
先生(上司をこう呼ばせてもらいます)の名前を、形ある紙の上に
残すことができるから…。



でも、そんなのぜんぶ後付けのものなんじゃないかと思います。
「動機」とか「理由」とかの言葉で表現されるものはいつも、
人の行動を説明するために後から取って付けたもっともらしい
辻褄合わせにすぎないのではないでしょうか。



きっと人は、みんな然るべきときに然るべき使命感を感じ、
ただ忠実にそれを実行するのだと思います。動機も理由もなく。



と、なんだか大仰なことを言ってしまいましたが、私はただ単に、
先生のこと、そして自分の気持をエッセイとして綴ったのです。
先生が亡くなったのは4月5日、エッセイの締切は4月30日。
やらなければならないことが他にもたくさんある中で、
時間が十分に取れるわけもなく、私はみっともないほど胸の内が
だだ漏れになったエッセイを仕上げました。



でも、その時間の制限のおかげで、
結果的には「瞬間」を切り取ることができたのではないかと思います。
というのは、どんな喪失体験も、善かれ悪しかれ薄れていくもので、
そのときにしか感じることのできない思いがあり、
それはやがて消えてしまう「準刹那的」なものだと思うのです。



だから、あっという間に消えてしまう虹のいちばん鮮やかな瞬間を、
アングルはずれているし、ブレてもいるけれど、でもカメラに収める
ことができた!という比喩がぴったりくるかもしれません。



結果、奨励賞という賞をいただき(大した賞ではないけれど)、
このたび無事誌面に掲載されました。
夏に受賞の連絡をもらい、久しぶりに読み返したとき、
あまりの文章のひどさに愕然としました(笑)



でも、上述のように、私が書いたことは瞬間を切り取ったもので、
もう二度と書くことはできない、あのときにしか書けなかったエッセイ
だと思うから、校正のチャンスはあったのだけど、あえて手を加えずに、
そのまま誌面に載せてもらうことにしました。



私はこのエッセイを通して、先生のブランディングを試みました。
ブランディングというのは、ふつう客観的にその対象を表現するもの
だと思います。そうじゃないと説得力に欠けるでしょう。



けれど、私の文章はかなり主観的です。でも、それでよかったと
思っています。文章そのものは乱暴だし、改善の余地はいくらでも
あるだろうけれど、主観的に表現したことは間違っていないという
自負があります。



なぜなら、「客観」なんて実体のないつまらないものだと思うからです。
ひとりひとりの「主観」の最大公約数が「客観」と呼ばれるだけで、
人の血の通った「熱」のあるものではないと思うのです。



だったら、私ひとりの主観にすぎなくても、直接先生を近くで
見て感じていた私の、熱を持った事実に裏打ちされた表現の方が、
よっぽど人の心を打つと思ったのです。



逆説的かもしれないけれど、本当に人の心を動かすのは客観ではなく
主観だと思います。筋の通った論理ではなく、血の通った言葉だけが、
人の心の奥まで辿り着けるのだと思うのです。



では、そんな私の超主観的で拙いエッセイの全文を下記に掲載します。
読んでいただければうれしいです。



『最後の仕事 ー白血病と闘った先生に捧ぐー』



「人生をしてそのなすがままになさしめて下さい。
どうか私の言うことを信じて下さい。
人生は正しいのです。どんな場合にも。」

(リルケ「若き詩人への手紙」より)




私はその人を常に先生と呼んでいた。
だからここでもただ先生と書くけれど、本名は打ち明けよう。
植田昌宏先生だ。


先生は整体師で、自分のお店を持っていた。
口は悪いが抜群に腕の良い整体師で、
人格を信じる人はあまりいなかったかもしれないけれど、
その技術の素晴らしさは誰もが認めていた。


びっくりするくらい的確にコリを見つけて、
それを見事に取ってしまう。
身体のゆがみもきれいに整える。
一見すると難なくこなしているように見えるけれど、
それは先生が一意専心勉強して、研究を重ねて生み出した、
とても貴重な技術だった。


お客様もだから、みんな先生の技術に満足して喜んでいた。
女性スタッフにはすげなくされていたけれど、
お客様にはすごくすごく信頼されていた。


先生はその素晴らしい技術を全国に広めたくて、
整体の学校を開いた。
ゼロからのスタートというものは、どんな時も難しい。
なかなか受講生が集まらなくて、悪戦苦闘した。


「俺のブランディングをしてくれ」
私は先生からそう求められていた。
ブランディングというのは、あるものを他と差別化し、
ひとつの「ブランド」として確立することだ。


いくら先生の技術が優れているといっても、
優秀な整体師は他にいくらでもいる。
その中で、先生が特別であること、
他の人たちとは違う何かを持っていること、
それをわかりやすく示すことが、私の仕事だった。


だから私は、ブランディングに関する本を色々読んでみた。
そして明らかになったことがある。
ブランディングというのは、
その対象自体が価値を持っていないとダメだということだ。


つまり、価値のないものはいくら立派に見せようとしても
絶対に成功しない。そして私はこう言った。
「先生、その人自身に魅力がないと、ブランディングなんて無理です」


ずいぶん失礼なことを言ってしまったけれど、
その時の私は先生をただ整体がうまいだけの人としか思えなかったのだ。


すると先生は激怒してこう言い放った。
「魅力的じゃない人を魅力的に見せるのがあなたの仕事だ!」


先生の言い分は、本に書いてあることが正しいとすれば間違っている。
でも、反論しなかった。またいつものめんどくさい言い争いになるのを
避けたかったからだ。


私は心の中で悪態をつきながら、いかにして先生を魅力的に見せるか、
一応考えてみた。でも何も思いつかなかった。
先生の価値なんて少しも知らなかった。


あの時はまだ、先生が他のどこにもいない、この世でただひとりの、
私の人生の最重要人物であることを、知らなかったのだ。


私は8年余り先生のそばで経営をサポートしていた。
先生はいつだって厳しかった。
「できません」は絶対に通用しないし、
認めてくれることもまずなく、すぐ怒るし、しつこいし、
重箱の隅をつつくことに余念がない。


だから私も我慢できなくなって楯突いた。
子供の喧嘩みたいな言い争いも繰り返した。
仕事を辞めようと思ったこともある。何度も、何度も…。


けれども、先生は私に多くを一任してくれた。
「自分の頭で考えなさい」というスタンスで仕事をさせてくれたから、
大きなやりがいもあって、これからも先生の下で働き続けたら、
得難い経験が積めるかもしれない、そういう思いが芽生えてきた。


先生が白血病になったのは、そんな時だった。


2011年、残暑厳しい8月の終わり、先生は入院した。
病名を打ち明けられたとき、足もとが音もなく崩れていくようだった。
胸が塞がり、毎日毎日泣き伏した。


「もしも先生がいなくなってしまったら…」
そう考えずにはいられなかった。


先生のことなんて全然好きじゃなかったのに、
尊敬もしていなかったし信頼さえもいまいちだったのに、
どうしてこんなに悲しいんだろう。
どうしてこんなに先生を失うかもしれないという不安が、
重くのしかかってくるのだろう。


私たち人間は、あまりに簡単に誰かを嫌いだと言う。
けれど、その感情は必ずしも正しくない。
もしその人がいなくなるとしたら…、そういう状況に直面すると、
人の気持ちは一瞬にして、まったく反対方向に変わってしまうことがある。


先生も噓みたいに優しくなった。
先生の温かい言葉が切ない痛みを伴って心に沁み込んできて、
余計に悲しくなることもあった。


でも、私が涙と悲しみから解放される日が来た。
先生は妹さんから骨髄移植を受けられることになったのだ。
これで大丈夫だと思った。先生は絶対に治る。


治って帰って来たら、
また衝突の日々が続くんだろうなという心配さえ出てきたが、
悲しみは希望に変わり、希望は力に変わった。


先生が戻ってくるまで、自分ががんばらねば。
私は夜の目も寝ずに働いた。
不思議なことにアイディアは尽きる事がなかった。
これほど真剣に仕事をしたのは初めてだった。


努力すること、真面目であること、全力でやり抜くこと、
長らく忘れていた生きる上で大切なことをいくつも思い出した。
私は大きく変わったと思う。


私は先生の復帰を待ち、ずっと一緒に仕事をしていく決意を固め、
これからの計画や目標を色鮮やかに思い描いていた。
そして、先生ともっと良い関係になりたいと思った。
諍いばかりじゃなく固い信頼関係を築き、
同じ方向を目指してきたいと思った。
先生との時間が、あとほんのわずかしか残されていないことも知らずに。


2012年4月4日、先生の病室を訪れた。
私は言葉を失い、目の前に広がる世界は色を失った。


そこには、命の燃え尽きようとする先生がいた。
でも、そんな状態でも、先生は全身全霊で生きようとしていた。
「また連絡するから」「また来ますね」そう約束を交わした。


その夜、日付の変わった頃、澄み切った夜空に祈った。
どうか先生を助けてください。
どんな困難も、どんな試練も引き受けるから、どうか先生を助けてください!


でも、ちょうどその時刻に、先生の息は絶えていた。
月明かりが満開の桜を照らす、美しい夜だった。
骨髄移植を終えてわずか3ヶ月で、白血病は再発していたのだ。


何かを強く信じていると、その他一切は心から締め出されてしまうらしい。
先生の病気がわかったときの「もし先生がいなくなったら」という仮定は、
時間とともにすっかり消失していた。


私は先生が治ることしか考えていなかった。
だから、その可能性を奪われた私は、感じるべき感情を持たなかった。
悲しいくらい悲しみを表現できなくて、
世界から取り残されたみたいに放心していた。


しかし、地球は相変わらず秒速30kmの猛スピードで
いつも通りの軌道を巡る。


歩き出さなければならない。


現実に抵抗する気持ちと、
現実を受け入れようとする気持ちをたゆたいながら、
私の思いはなかなか一カ所に落ち着かないけれど、
「人生は正しい」とリルケが残した言葉、
先生と同じ50歳で白血病になってこの世を去ったリルケのあの言葉が、
やはり正しいような気がする。


もし先生が病気にならなかったら、私と先生との時間は、
かけがえのない、これほど素晴らしいものにはなかっただろう。
お互いの人生に何の影響も残さぬまま、
すれ違っていただけではなかったか。


先生は私に、7ヶ月の猶予を与えてくれた。
発病から別れまでの月日、大切なことに気づくための7ヶ月を。


その間、どれだけ多くを学んだだろう。
責任を持つこと、忍耐すること、そして、人生を真剣に全力で生きること、
そういうことの大事さを教えてもらった。


先生は私に生きる「意味」を与えてくれたのだ。
虚実を尽くして生きることを忘れていた私の目を覚ましてくれた。
人生で大切なことは、いつも巧みに隠されている。
本当に価値のあるものは、簡単に見つからないようにできているのだ。


だから、気づきの扉を開けるカギを握る人は、
厳格で、口うるさくて、なかなか認めてくれない、
そういう避けたくなるような仮面をかぶって目の前に
現れるものなのかもしれない。


そうとも知らずに、困難から逃げ、
先生に背を向けていたどうしようもない私に、
先生は生きる意味や価値の「在処」を教えてくれたのではないだろうか。


それは「もう限界だ」と思う、そのもう少し先にあり、
捨て身で突き進んだ場合のみ、到達できるのである。


こうして先生は私の心をすっかり入れ替えてしまった。
先生の人生の終わりは、私が真に生きる人生のはじまりだ。
こんなに申し分ない私の人生を、
「正しい」以外になんと言えばいいのだろう。


先生がこだわっていた「ブランディング」が成功するためには、
やはりそれ自体が大きな魅力を持っていなければならない。


そしてもうひとつ、一番大切なことは、
ブランディングを担当する人がその価値を知り尽くして、
惚れ込んで、最高であることを心底信じていなければならないのだ。


私が今ここに書いたことこそ、私なりの先生のブランディングである。
先生のための、最後の仕事である。


先生が駆け抜けた50年の人生は美しかった。
生きる意味、そして本当に価値のあるものを教えてくれたのだから。
そんな、世界にただひとりの先生を、どうしても表現したかった。


これから私は、人生をそのなすがままになさしめて生きて行こう思う。
先生の教えを引き継ぎながら。



文芸思潮ウェーブ48号に掲載されました)


授賞式

2013.1.26
授賞式に参加し、賞状とメダルをいただきました。
良い記念になりました。ありがとうございました。
posted by yuko at 22:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 個人的なこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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